Netflixドキュメンタリー『警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件』
日本のドキュメンタリー映画が世界的ヒットに
 山本兵衛監督のドキュメンタリー映画『警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件』が7月26日よりNetflixで配信され、世界50の国や地域でトップ10に入るという快挙を成し遂げた。
 日本でもこの10年ほど次々とヒットが出るなど、ドキュメンタリー映画が見直されているが、海外市場で大ヒットというのは日本初の出来事だという。そもそも日本のドキュメンタリー映画の海外進出ということ自体、これまであまり想定されなかったことだ。
 もちろんイギリス人女性をめぐる犯罪ものであることなど、この作品ならではの要素はあるのだが、どのように制作され、海外でどう見られたのか。ドキュメンタリー映画の新しい可能性を切り開いたという意味で大変興味深いこのケースについて、山本監督に話をうかがった。
 山本監督は1973年生まれ。2015年ドキュメンタリー映画『サムライと愚か者―オリンパス事件の全貌―』で長編監督デビューし、Netflix配信『逃亡者カルロス・ゴーン 数奇な人生』プロデュースも手掛けている。
  山本兵衛監督。事務所のボードにはブラックマン事件の資料が(筆者撮影)
 ルーシー・ブラックマン事件については記憶に新しい人も多いだろう。2000年7月にイギリス人女性が突然失踪。その彼女の家族が何度も来日して 情報提供を呼び掛けるなど大きな話題になった。同年10月に日本人男性が逮捕され、2001年2月に遺体発見。10年12月に最高裁で無期懲役が確定して いる。
 『警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件』では、執念の捜査を行った捜査員の多くが実名・顔出しで登場し、捜査の経緯や自身の思いを語っているのが特徴だ。
「ルーシー・ブラックマン事件」元捜査員たちの思い
 ――この映画の日本版は、当時の捜査官が遺体発見現場を訪れるシーンから始まりますが、捜査員たちが事件後も現場を訪れたり、なかにはイギリスの被害女性の墓を訪れた人もいた。20年以上経ってもそうしたことが続いているということに、山本さんは着目したわけですね。
 山本 ルーシーさんの事件は日本でもイギリスでも当時、かなり報道されましたし、ある意味「劇場型」と呼べるような経緯をたどったわけです。ルー シーさんだけでなく同じような性被害にあった女性が相当数いたことがわかって、当時の警視庁への批判も含めていろいろ騒がれたということもありました。
 そうした経緯もあって、捜査員にとっても忘れられない事件だったようで、その後も毎年、現場を訪れている元捜査員がいる。なぜなんだろうと素朴に思ったのが最初のきっかけです。20年以上前の事件ですけれど、きちんといまに蘇らせる価値があるのかなと思いました。
  Netflixドキュメンタリー『警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件』独占配信中
 ――早い段階からNetflixに企画を提案したそうですが、どういう経緯だったのでしょうか。
 山本 プロデューサーと話して、この事件をある程度の予算規模でドキュメンタリーとして成立させるにはNetflixしかないんじゃないか、とい うことになりました。世界で観ていただけるということもありましたし、3~4年前の当時はNetflixが盛んにドキュメンタリーを作っていたのです。 Netflixがその時、勢いを持ってドキュメンタリーを制作していた、というのが大きいですね。
 20年前の事件だったので、おそらくインタビュー中心の作品になるであろうと考えた時に、再現映像も必要になってくるだろうし、ある程度の予算をかけなければいけないという思いは、最初から明確にありました。
 僕のパートナーは外国籍ですがずっと日本に住んでいて、彼女がプロデューサー、僕が監督という形で、以前アルジャジーラで短編ドキュメンタリーを 作ったことがありました。その短編を評価してくれたコミッショナーがいるんですが、その方がNetflixのアジアに移って、彼に話を持って行ったんで す。そこから、これだったらイギリスも巻き込もうということで話が進んでいきました。
元捜査員たちが実名・顔出しで登場
 山本 もともとこの事件は、当時イギリスで大きな話題になっていたし、『黒い迷宮: ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実』というリチャード・ロイド・パリーさんが書いた本もベストセラーになっていました。
 もちろん日本でも興味を持たれた事件なのですが、僕がNetflix側に提案した日本における事情としては、警視庁の方々にアクセスできるよとい うことでした。日本では『刑事たちの挽歌 警視庁捜査一課「ルーシー事件」』という髙尾昌司さんの本が話題になっていましたが、その本に既に多くの元捜査員が登場して証言を行っていたのです。それ は前述したように、元捜査員たちにとってもこの事件は忘れられないものとして記録を残しておきたいという思いがあったのです。
 みなさん30年40年勤務された方々で、もちろん話せる範囲でとはなりましたが、喋りたいことはいろいろあったみたいです。皆さん口を揃えて 「ルーシー事件が一番、自分たちのキャリアの中ですごくショッキングだったし大きな節目にもなった」とおっしゃっていました。そういう思いを、こういう形 できちんと形に残すということに関しては非常に協力的でした。
  元捜査員たちが実名・顔出し(Netflix『警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件』)
 最初にNetflixに企画を提案する段階で、元捜査員の証言については顔出しじゃないと話にならないのは僕らはわかっていたので、高尾さんにも相談して、刑事さんの方々は協力してくださいますかとディスカッションして、一人ひとりアプローチしました。
 映画に登場いただいた刑事さんたちはOBだけです。20数年前の事件だとしても詳細を憶えてらっしゃる方は多かったですね。いまなお現役の刑事もおられたのでお願いしましたが、それはさすがに断られました。ただお話は聞きに行っており、快く取材には応じていただきました。
Netflixの要望を入れて国際版を制作
 ――今回、海外でヒットしたというのはご自身でどういう要因があったとお考えですか?
 山本 もともとこの事件はイギリスで話題になっていましたし、映画は、Netflixの提案もあって日本版のほかに国際版という2つのバージョン があるんです。日本版は、ルーシーさんの遺体が発見された洞窟を元捜査員が訪れるという印象的なシーンから始まるのですが、国際版のほうは、ルーシーさん の父親の視点から描かれます。ある日妹さんから電話があって、姉のルーシーと連絡が取れないと聞いたというところから話が始まります。日本版は刑事さんの 視点ですが、国際版ではイギリスの父親の視点から入っているので観ている人たちが入りやすかったということはあると思います。
 それについては、途中でイギリスのほうから、作品をある程度気に入ってくれたみたいで、これだったらもうちょっと変えたらもっと多くの人に観ても らえると思うけれどできますか?といった指摘がなされ、やりますということで国際版を作り始めたんです。ある程度作品が完成しつつあったところで注文が あったので、国際版を別に作ることになりました。
 Netflixからは、なるべく英語を増やしてほしいという要請もありました。海外配信の映画では字幕ものってあまり観られないらしい。観られたとしても途中で止まるとか、最後まで鑑賞せずに止まっちゃう方が多いらしいんです。
 日本が主な舞台なので今回の映画は比較的日本語が多かったにも関わらず皆さん観てくださったということだったので、やっぱり海外を念頭に置いて国際版を作ったのも大きな要因だと思います。
ドキュメンタリー映画として異例のヒット
 ――日本で作られたドキュメンタリー映画がこれだけヒットしたというのはNetflixでも異例のことなのですか。
 山本 ウィークリーだったら1週目は日本では7位でグローバルで5位までいったので、ドキュメンタリーとしては異例のヒットだと思います。
 50以上の国や地域でランクインしたのは日本人の監督では初めてということでした。その50の地域を見ると、ニューカレドニアからグアテマラなどもリストアップされていました。世界配信のインパクトは、世界中にネットワークを持っているNetflixならではですよね。
 もちろん題材にも手法にもよりますが、昨年はアメリカ人が制作したオウム事件のドキュメンタリー映画がサンダンス映画祭にもかかっていましたし、 日本で起きた事件でも、世界に発信できるものはまだたくさんあると思います。これはフィクションでしたが、福島原発で、あの時本当に何が起きていたのかと いうのは『THE  DAYS』というシリーズも作られました。
 ――映画制作者の思いとして大きいスクリーンで観られることへの喜びみたいなのが語られることもありますが、山本さんは、その点については最初から割り切っていたのでしょうか。
 山本 僕は映画が大好きなので、個人的には大きなスクリーンに対する思いはありますけど、今はもうそういうことにこだわっている時代ではないと思 います。映画やテレビ、それに配信と、目的に合った作り方も観せ方もいろいろあります。発信するメディアによってやり方も手法も全部変わってくると思うの で、何が絶対的といったことはもうないんじゃないでしょうか。
 ――先ほど、Netflixから英語を増やしたいという要請があったというお話がありましたが、そのほかにも何か要請がありましたか?
 山本 ディスカッションが多かったのは編集の段階ですね。撮影の段階では基本的にこちらの構想に沿って進めました。編集段階で、彼らも Netflixブランドというのが明確に頭の中にあって、こうしてくれああしてほしいと、注文がありました。スタッフの選出についても多少ありましたね。 撮影監督は誰で編集は誰なんだ、どういう経歴なんだという具合で、彼らの最終的なOKが出なければいけないという条件はありました。
世界同時配信というインパクト
 ――日本のテレビドラマなどでも海外配信が増えていますが、今回のドキュメンタリー映画でもNetflixならではということがいろいろあったのでしょうね。
 山本 それはあると思います。表現の仕方だったり、編集の時はいろいろ指摘がありました。
 あとNetflixに限らず、配信プラットホームで特徴的なのは、視聴者が作品を観だした時に最後まで観るかどうか、数字がパーセンテージで出て くるんですね。それを考えた時に、どういうふうに常に飽きさせないようにストーリーテリングするかというのは、編集の段階でも話し合いました。日本のド キュメンタリー映画ではあまりそういうことはないかもしれないですね。配信は、ある意味、テレビ的なのかもしれません。
 今回やってみて、Netflixというのはすごく新しいというか、こういう形のプラットフォームなんだなというのを実感しました。Netflixがここまで成長した要因のひとつとして世界同時配信のインパクトの強さというのがあると思います。
 僕らはカルロス・ゴーンの映画をNetflixで共同制作したことがあるのですが、海外の放送局にプレゼンする時に「Netflixでかかってるから観てください」と言えて、「じゃあ観てみる」とすぐ反応がありました。世界配信ゆえの強さというのはありますね。
 ――日本の場合だと、まず劇場で公開して、そのあと自主上映とか色々展開のパターンがあるけれど、配信ベースだとそういう枠組みとは全然違いますよね。
 山本 もちろん作品は残るのでいつでも観られる状態ではありますけど、従来の配給の仕方とはまったく違います。契約面でも、あくまで委託として受けて、納品して終わりです。その意味でもテレビ的ですね。
 ――映画館で観るのと違って、観ている人がどのくらい最後まで観てくれるか配信の場合は意識せざるをえないというお話がさきほどありましたが、ドキュメンタリー映画の作り方が変わってくる可能性もあるわけですね。
 山本 方法論はメディアによっていろいろあるべきだと思います。日本のドキュメンタリーの作り方というのはある種のイメージがあると思いますが、 世界では撮り方も作り方もいろいろあります。ちょうど3〜5年前に、Netflixが後押ししたことでドキュメンタリー映画が話題になり、マイケルムーア ではなくてもドキュメンタリーって観られるよと盛り上がっていた時、日本にはほとんどそういう情報が入ってこなかったですからね。日本においては、ドキュ メンタリーはニッチという考え方がありますが、世界では考え方もかなり変わってきています。
ルーシー・ブラックマン事件
  2000年 7月に 神奈川県 三浦市 イギリス人 女性ルーシー・ブラックマン (Lucie Blackman) が強姦されて死亡した事件。
 2000年7月1日 - 元 英国航空 乗務員で、 ホステス として 六本木 で働いていたブラックマンが、友人に連絡後に行方不明になった。3日には、男からブラックマンの友人に電話があり、不審に思った友人が 警察 捜索 願を出した。ブラックマンが失跡した直後の7月5日ごろ、 被疑者 がこの マンション を訪れて管理人とトラブルになっているところや、スコップを持って海岸を歩いているのが目撃されていた。
 2000年8月22日 - ブラックマンの妹が 記者会見 し、1万 ポンド (当時160万円)の懸賞金をかけて有力情報の呼びかけを行った。9月下旬には、 警視庁 刑事部 捜査第一課と 麻布警察署 被害者 が勤めていたクラブの常連客で 不動産 管理会社社長の男を 捜査 していることが明らかになった。また、ブラックマンの周辺で新たに外国人女性二人が行方不明になっていることも発覚した。
 2000年10月12日 - 別件の準強制 わいせつ 容疑で被疑者が 逮捕 された。後日、神奈川県三浦市内の所有するマンションの一室やモーターボート付近の海岸などを警察が捜索した。
 2000年11月17日 - 被疑者が再逮捕された。 東京地方検察庁 は同日、ブラックマンに対する 準強姦罪 で被疑者の男を 東京地方裁判所 に起訴した。警視庁は DNA鑑定 のため、ブラックマンの家族に毛髪の提供を要請した。
 2001年1月26日 - オーストラリア人女性に対する強姦致死容疑で再逮捕された。
 2001年2月 - 被疑者のマンションから近い三浦市内の海岸にある洞窟内で、地面に埋められた浴槽内で遺体がバラバラに切断された状態で発見された。
 その後、被疑者はブラックマンを含めた10人の女性( 日本人 4人と 外国人 6人)に準強姦をし、そのうち2人の女性(ブラックマンとオーストラリア人女性)を死亡させたとして東京地検から東京地裁に起訴された。審理は2000年12月の初公判から2007年4月の判決まで61回に及んだ。
 被疑者は他9事件については1人の致死罪を除いておおむね認めた。しかしルーシー・ブラックマン事件については、 検察 側が死亡したとする時間の直前に自分のマンションの部屋でブラックマンと会ったことは認めたが、 裁判 時には死亡していた知人が関与した可能性を示唆した上で 無罪 を主張した。
犯人のプロフィール
  犯人 1952年 大阪府 生まれで、 在日韓国人 の親を持つ貸しビル会社社長。貧しい移民から 不動産 会社・ 駐車場 タクシー 会社・ パチンコ屋 の経営者となった父を持ち、裕福な環境で育った。17歳のときに父を亡くし、2人の兄弟とともに莫大な遺産を 相続 した。 リチャード・ロイド・パリー は、貧しい 移民 から裕福になった家族のもとで甘やかされた経歴がこの犯罪に影響を与えた可能性を示唆するが、「同様の経歴を持つ人は多い」("But there are many people with similar backgrounds") ためこれだけでは犯行の原因は説明できないとする。
  慶應義塾高等学校 入学とともに単身上京し、父親から与えられた 田園調布 の家政婦つきの一軒家で生活していた。高校在学中、 1969年 頃から アルコール クロロホルム 睡眠薬 の使用による昏睡レイプを始め、 1995年 まで209人の女性に対する性的暴行をノートに記録していた。 1971年 韓国 籍から 日本国籍 に変更。
 高校卒業後、 慶應義塾大学 への内部推薦を辞退し、 駒澤大学 への在学を経て3年間 アメリカ合衆国 スウェーデン に遊学した。当時、 カルロス・サンタナ の知遇を得たと自称している。 1974年 ごろに 日本 へ帰国し、 慶應義塾大学法学部 法律学 科と 政治学 科を卒業した。
 30代以降に家業の駐車場経営や不動産業で成功し、総 資産 が40億円に達した時期もあるが、2000年に本事件で逮捕される前にはすでに事業で失敗していた。1999年には自宅を一時的に差し押さえられたほか、逮捕されるまでの18ヶ月間に複数の所有物件の差し押さえを受けていた。この間、 1983年 には前方の 自動車 に追突する 交通事故 を起こし、 1998年 には 和歌山県 白浜海岸で女子 トイレ の盗撮事件を起こしてそれぞれ 罰金 刑を受けていたほか、1998年以前にも同様の性犯罪による 逮捕歴 があった。
 犯人は21歳まで韓国籍だったが、21歳のときに日本国籍を取得した。有罪判決を受けたのが民族的な被差別マイノリティだったことについて、『黒い迷宮──ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実』の著者 リチャード・ロイド・パリー は不用意に出自と犯罪を結びつけることは「 人種差別主義者 と同じ」だと警告した上で、「日本のニュース機関というのは、どうも在日外国人などの出自の問題になると、非常に神経質になる部分もある」と指摘 し、「在日韓国人であったことと、事件の犯人であるということは、すべて並列な事実の中の一つであって、その事実を読者に知らせるために、それぞれ述べる ことに関しては何の問題もありません」という考え方を示した。パリーは「ただ、彼が日本という国で生まれ育った人間であることを考えると、その意味で日本 にも何らかの原因はあるのではないか」とも述べ、該当事件の捜査に関する日本警察の無能さとともに、犯人の出自に関する報道状況に関して「日本社会にはタ ブーがあるとも気がついた」とコメントした。日本のTV報道では家族構成も含めて全てが謎の大富豪と逮捕後も報道され続け、民族的出自を初めて報じたのは 起訴直前になっての雑誌報道だけであった。
 『 Salon.com 』のLaura Millerによれば、犯人が逮捕後も写真撮影を拒んだことなどについて、「民族的出自がコリアンだから反抗的行動をしているのだと日本人は非難した」 ("The Japanese blamed ... recalcitrant behavior on his Korean ethnicity")。
被告人による訴訟
  2008年 1月、まだ控訴審が始まる前には、 受刑者 (当時は被告人)が『 マンガ 嫌韓流 』の版元である 晋遊舎 と作者の 山野車輪 を提訴している。理由は、
 『 嫌韓流 』第3巻(2007年8月下旬刊行)p.187に「1992年2月から2000年7月の間に 白人 女性ら10人をマンションに連れ込んで意識を失わせ強姦し、そのうち2人を死亡させたとして有罪判決を受けた」とあるが、判決では1人を死亡させたとしか認定されていない。
 「有罪判決」が当時まだ確定判決ではなかったことを明記していない。
 「いや実は彼は…元在日なんだ」ともあるが、 反韓 の文脈でこの情報を記すことは原告への名誉毀損にあたる(のちプライバシー侵害の主張も追加)。
 というもので、 損害賠償 請求額は5000万円、さらに『嫌韓流』第3巻p.187の当該記述を削除せよと求めていた。山野は「2人を死亡させた」との記述については「単 純ミス」と認めつつも、「当時すでに彼の社会的評価は最悪だったので、この記述によってさらに評価が低下したとはいえない」と反論。また「有罪判決」が当 時まだ一審判決に過ぎなかったことは広く報じられており、自明であると述べた。「元在日」との記述については「ある人の国籍を述べることは名誉毀損なんで すか? 彼は在日だったことが恥ずかしいのですか? 彼の考え方はおかしいですよ」と抗弁している。
 一審では山野側の代理人弁護士が「バックに組織がいるような気がする」「事務所に集団抗議や嫌がらせが来ないとも限らない」との理由で逃げてしまい、山野側は新しい弁護士を立てて争った。
  2008年 9月18日 、東京地裁で原告の主張が訴因2を除いて認められ、山野らは慰謝料80万円の支払いを命じられた(ただし削除の要求については却下)。
  2009年 3月5日 、東京高等裁判所は山野らに20万円の支払いを命じた。東京高裁は、原告が元在日韓国人だったとの事実は2007年8月下旬当時広く知れ渡ってい たとはいえず、山野の記述はプライバシー侵害にあたると認めつつ、重大事件で有罪判決を受けた者に関しては民族的出自を公表する利益が公表しない利益を上 回ると判示した。その後、原告は最高裁への上告を断念し、高裁判決が確定した。この顛末は山野の著書『マンガ嫌韓流4』に描かれたが、山野は「印税の半分 は○○○○(原文は実名)との裁判での費用に飛び、アシスタント経費などと合わせて、利益は全く上がっていません。ザル勘定でプラスマイナスゼロ。ただし この裁判費用については、版元の方が多く負担してくれたことは記しておきたい」と述べている。
 このほか、受刑者(当時は被告人)は『週刊新潮』を名誉毀損で提訴したり、「 霞っ子クラブ 」のブログの記述に訂正を要求したりしている。また『タイムズ』紙の リチャード・ロイド・パリー も名誉毀損で提訴されている。訴えの内容は「被告人が 拘置所 で服を脱ぎ、独房の洗面台にしがみついて出廷を拒否したとの報道は事実無根」というもので、この時の損害賠償請求額は3000万円であった。パ リーは勝訴したものの、『タイムズ』紙は約1200万円の弁護士費用の負担を余儀なくされた。被告人個人は2004年に238億円の負債を抱えて破産して いたものの、タクシー会社やパチンコ屋を経営する家族が高額の裁判費用等を負担していた。
被告人による自作自演の「冤罪」キャンペーン
  2006年 、「真実究明班」名義で「ルーシー事件の真実」と称するウェブサイトが開設された。翌 2007年 5月、「ルーシー事件真実究明班」名義で『ドキュメンタリー ルーシー事件の真実―近年この事件ほど事実と報道が違う事件はない』(以下『ドキュメンタリー ルーシー事件の真実』と略記)と題する本が 飛鳥新社 から刊行された。いずれも検察の立証の疑わしさを主張し、被告人(当時)の冤罪の可能性を訴える内容であった。
 『ドキュメンタリー ルーシー事件の真実』p.31には「真実究明班は、ジャーナリスト、法科大学職員、元検事を含む法曹界会員などで構成されている」と記されていたが、この 本の実態は被告人から委託された弁護士による自費出版物であり、飛鳥新社としては、被告人の命令と監督で作られた本と認識していた。
  2010年 2月、飛鳥新社が被告人とその弁護士に対して民事訴訟を起こし、1314万6481円の未払金の支払を求めた。訴状には、『ドキュメンタリー ルーシー事件の真実』が被告人の「刑事事件を有利にするためのキャンペーン活動の一環として…書籍の出版、広告等の業務委託が行われ」たものであること、 「被告らは、上記キャンペーン活動を中立性ある活動であるかのように装うために、同キャンペーンの担い手が第三者からなる特定の団体であるかのように 装」ったこと、「『真実究明班』はもとより法人格を有する法人ではなく、権利能力なき社団に該当する程度の社団性もなく、その実体は、被告ら個人に過ぎな い」ことが書かれていた。
 ウェブサイト「ルーシー事件の真実」には被害者の日記の一部や遺族の署名した書類、公判速記録などが裁判所の許可なく掲載されていた。このため警視庁は立件を検討したが、ドメイン名が オーストラリア クリスマス島 のものであったのをウェブサイトのサーバーが日本国外と誤解したため捜査は行われなかった。(実際にはこのサイトをホストしているのは京都の株式会社メディアウォーズ(代表取締役社長三上出)である。)
状況証拠
 以下の 状況証拠 をどう評価するかが焦点となった。
 髪の毛などから、被害者が被疑者のマンションにいたこと
 被害者が死亡したとされる時期の直後に、遺体の損壊・遺棄に使ったとみられる チェーンソー セメント などを購入していたこと
 被疑者のパソコン記録では、被害者が死亡したとされる時期の直後に インターネット で死体の処理方法が検索されていたこと
 遺体の損壊が激しかったため、 睡眠薬 の代謝物が検出されたものの死因が特定できず、 薬物 や被疑者の DNA が検出されなかったこと
 被疑者が起こした他9事件に、ルーシー・ブラックマン事件と類似の犯罪性向があること
 他9事件では存在した、薬物を使って女性への乱暴を撮影したビデオテープが、ルーシー・ブラックマン事件では発見されなかったこと
 死亡したとされる時期の後にブラックマンの生存を偽装する電話をブラックマンの友人にかけたのは被疑者である可能性が高いこと
 直接証拠に乏しいこの事件に対しては、2006年9月に被疑者の無罪を訴える内容のホームページが「真実究明班」名義で開設されており、それらの 主張は後に書籍としてまとめられている。「真実究明班」は、被疑者の行為は被害者と金銭において合意の上で行われたものであるとしているが、そのホーム ページには、裁判関係者でしか入手し得ないはずの資料も使用されている。
刑事裁判 第一審・東京地方裁判所
 東京地検は被告人が失踪前のブラックマンと行動していた点・遺体を固めるのに使用されたものと同種のセメントが被告人の部屋から発見された点などの状況証拠を積み重ねて有罪を主張し、法定刑の上限の無期懲役を求刑した。
 2007年7月24日に開かれた 判決 公判 で東京地裁( 栃木力 裁判長)は 被告人 無期懲役 を言い渡した。東京地裁はブラックマン以外の女性9人に対する準強姦致死罪などを 事実認定 したが、ブラックマンの件に関しては「合理的疑いが残る」として無罪を言い渡した。東京地検・被告人ともに判決を不服として東京高裁に控訴した。
控訴審・東京高等裁判所
 2008年3月25日 - 控訴審 初公判。 弁護 側は、当事件の被害者に関する全ての罪とオーストラリア人の致死罪に関して無罪を主張した。検察側は、有罪を求めた。
 2008年7月 - 一審で致死罪が認定されたオーストラリア人女性の遺族に、被告人が見舞金1億円を支払っていたことが明らかになった。被告人はこの見舞金を「お悔やみ金」としており、女性に対する殺害は関係ないと主張している。
 2008年12月16日 - 控訴審判決公判にて東京高裁( 門野博 裁判長)は第一審判決を破棄した上で被告人に改めて無期懲役判決を言い渡した。東京高裁はブラックマン事件について準強姦致死罪を認めなかったが、 わいせつ目的誘拐 ・準強姦未遂・死体損壊・ 死体遺棄 の各罪を有罪と認定した。弁護人側は判決を不服として最高裁に上告した。
上告審・最高裁判所第一小法廷
 2010年12月7日付で最高裁第一小法廷( 桜井龍子 裁判長)は控訴審・無期懲役判決を支持して被告人の 上告 を棄却する決定をしたため無期懲役が確定した。
メディア
  2023年 - 『警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件』(ドキュメンタリー映画)
関連書籍
 松垣透『ルーシー事件 闇を食う人びと』彩流社。 ISBN 9784779112621
 ルーシー事件真実究明班『ドキュメンタリー ルーシー事件の真実 近年この事件ほど事実と報道が違う事件はない』真実究明班。 ISBN 9784870317864
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