霞が関を怖れる清和会員達
 2023.03.21
 放送法に関する総務省の行政文書を巡り、高市早苗・経済安保相が連日国会で集中砲火を浴びている。だが、この問題は、高市氏1人で終わらない。岸田政権が吹っ飛ぶ“地雷”がいくつも埋まっているのだ。
 問題の文書は安倍政権時代、官邸が総務省を通じて政権に批判的なテレビ番組に介入しようとした経緯が書かれている。この問題が浮上した背景には、増税反対派の高市氏を追い落したい、財務省と総務省の思惑があるとも見られている。
 文書が書かれた当時、外相だった岸田文雄・首相は直接関わっていない。つまり、高市氏を切れば、政権のダメージは最小限に抑えられるだろうが、それでも岸田首相は「高市更迭」を決断できない。
 政治評論家の有馬晴海氏は、「首相は高市氏の背後の勢力を恐れている」と語る。
 高市さんには安倍政権を支えた岩盤保守層の強い支持がある。岸田首相と争った総裁選で健闘できたのも、安倍元首相の支援で岩盤保守層を引き継いだからです。もともと保守層に人気のない岸田首相はその層に配慮せざるを得ない。昨年末の防衛増税を高市さんが批判した時、私は罷免されるだろうと思っていたが、意外なことに、岸田首相はその素振りも見せなかった。それほど岩盤保守層の反発が怖いわけです。ましてや、4月の統一地方選を控えたこの時期に高市さんを罷免して岩盤保守の支持を失えば自民党は大苦戦に陥り、党内の反発まで招く。だから岸田首相から高市さんを切れないのではないか
 政権を揺るがす総務省文書問題は、いわば安倍政権の“負の遺産”だが、岸田首相は岩盤保守層という安倍政治の“もう一つの遺産”を失うのを恐れて高市氏を切りたくても切れないというのだ。
  その岩盤保守層の支持を引き継ぐ安倍派の面々はダンマリを決めこんでいる。文書作成当時の官房副長官で経緯を知りうる立場だったと思われる世耕弘成・参院幹事長は「真実を伝えているかどうかは別問題。関係者で精査してもらいたい」と他人事のような言い方をし、文書のテーマである放送法の解釈変更問題の後、自民党筆頭副幹事長として在京テレビキー局各社に“圧力文書”を送った萩生田光一・現政調会長は“飛び火は困る”と完全沈黙。さらに高市氏の総裁選出馬にあたって「推薦人代表」を務めた“盟友”の西村康稔・経産相も今回は逃げ腰だ。
 政治評論家の伊藤達美氏も、高市更迭はないと見ている。
 この内閣はすでに4人の閣僚が辞任している。岸田首相にすれば、高市大臣を解任すれば5人目となって政権の失点になり、任命責任が問われる。また、高市氏の責任が確定しないまま切ってしまうと、保守陣営からの反発が強まる。こういう状況を考えると、解任はしないでしょう。しかし、そうなればマスコミが発表する「世論」の批判を浴び、支持率がもっと下がる可能性が高いが、支持率の“低空安定”は岸田政権の特徴でもある。首相は、党内にポスト岸田の有力な候補がいないから支持率が下がっても政権は持つと考えているのでしょう
 政治評論家の有馬晴海氏は、高市更迭は霞が関が岸田首相に突きつけた踏み絵だと見ている。
 岸田政権を支えてきたのは財務省です。財務省は岸田首相に年金生活世帯への5000円上乗せや生活困難世帯に対する物価対策の5万円支給の予算を認めたかわりに、防衛財源として所得税などの増税を決めさせ、少子化対策では消費税増税を進めさせようとした。ところが、ここに来て岸田首相は増税に二の足を踏むようになった。財務省にすれば、話が違う。そこで、今回の文書問題を口実に首相に高市氏を更迭させ、安倍路線から完全に決別するように迫っている
 安倍政権時代の森友学園問題では、「私や妻が関係していたら総理も議員も辞める」と発言した当時の安倍晋三・首相を守るため財務省が泥をかぶり、大きな犠牲を払った。
 政治ジャーナリスト・野上忠興氏は、高市氏を更迭しなければ、霞が関全体の反発を招くと言う。
 霞が関から見れば、安倍政治の手法は政治主導と言いながら人事で官僚を支配し、政権に不祥事があれば官僚に泥をかぶらせて切り捨てた。霞が関の官僚は、岸田総理はそんな政治を転換すると期待して支持している。しかし、ここで岸田首相がわざわざ安倍氏と同じ言い方で疑惑を否定した高市氏を擁護すれば、首相自身が総務省の文書の内容が間違いだと認めて役人に責任を負わせることになる。そうなれば、官僚は“岸田も安倍と同じだ”と見放して霞が関全体が敵に回るだろう
 霞が関を敵に回せば、政権はもたない。憲政史上最長の長期政権を誇った安倍氏でさえ、『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)の中で、財務省や自民党財政再建派議員たちからの増税圧力をかわすためには、解散・総選挙を打つしかなかったと語っていたほどだ。
 安倍政権には岩盤保守層という強固な基盤があったが、岸田政権の基盤は霞が関だけだ。麻生氏や茂木氏、木原氏ら側近も岸田首相に霞が関の支持があることを前提に政権を支えている。野上氏は、官僚の支持を失えば岸田政権は終わりに向かうと予測する。
 岸田首相には霞が関に対抗する力はない。だから官僚を敵に回した途端に政権の屋台骨が揺らぎ、瓦解に向かう。それが見えた段階で、首相を支えている麻生氏や茂木氏、官邸の側近も政権に見切りをつけてポスト岸田に動き出すだろう
 側近からも霞が関からも高市氏を切れと迫られ、追い詰められているのはまさに岸田首相なのだ。
 かつて似た状況があった。小泉政権の田中真紀子・外相更迭問題だ。田中外相は総裁選での功績で「政権の生みの母」と呼ばれたが、外相就任以来、会談遅刻やドタキャンなど数々の問題を起こして事務方と対立。ついには日本のNGOの国際会議欠席の理由をめぐって田中外相が当時の外務次官と国会で「言った」「言わない」と争う異例の事態となった。時の小泉純一郎・首相は「喧嘩両成敗」で田中外相と事務次官をともに更迭した。
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